dongbakaのブログ

29歳独身海外在住女子。 38歳までに貯金5000万円を貯めて、海外でフリーランスを目指す! 2015年からシンガポールに来て、仕事をしています。昔から「普通の女子」と自分の考え方の違いを感じてきました。もし、同じ考え方を持っている人がいたら、嬉しいです。

ジョホールバルからシンガポールまでのタクシーで戦場ジャーナリストと2時間話し続けた

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父親がシンガポールに出張に来た。毎年来ているため、シンガポール以外に行きたいと言っていたので、シンガポールから1番近いマレーシアの国境の都市Johor Bahruに連れて行った。

自分と父親との関係

そもそも幼少期から反抗期だった自分は父親ともとても仲が悪かった。うちの家は両親が仲が悪かったので、中学生ぐらいから家族で食事をしたことがない。お昼ご飯や晩御飯などの食べものは自分で調理していた。費用は父親に毎月食事代をもらっていた。それさえもらえれば自分は良かったので、父親とも特に会話をしたことがなかった。

そんな父親とは社会人になったあたりから話すようになった。シンガポールに来てからも、父親とだけは連絡をしている。父親は毎年出張でシンガポールに来ているが、1日2日は休みの日が挟まれているので、色々と観光に付き合っている。まぁ、せめてもの親孝行のつもりだ。

JBに行くにはタクシーが一番

というわけでマレーシアのJohor Bahruに行った。行きは、バスを使って行ったのだが、噂に聞いた通り、かなりの時間税関で待たされた。シンガポール側の税関と、マレーシア側の税関で合計2回バスを降りたり乗ったりしなければならない。大体2時間位かかって、やっと目的地に着くことができた。

Johor Bahruには特に目的がなく行ったので、大きいショッピングセンターに二箇所行って、食事などをしてシンガポールに帰ることにした。(ものが安かったので満足!)

帰りは、多少高くてもタクシーで帰ってきてみることにした。シンガポール行く時は国境越えるので、特定の駅からしか国際タクシーが出ていない。Larkinという場所からシンガポールのBugisまでのルートだけなのである。タクシーは乗り合い制で、乗る人数や、シンガポールで働いていない外国人が乗っているかどうかで、値段が変わる。

自分たちが乗ったのは、3人乗りで、一人33リンギット(シンガポールで働いていない外国人が乗っている)だった。しかも税関でいちど降りる必要が無いのである。車の中にながら、パスポートを見せるだけ。最初からこっちにすればよかった!!!

マレーシア人戦場ジャーナリストとの出会い

Larkin Stationでタクシー乗り場に行くと、既に待っている人がいた。マレーシア人の男性一人で、「ここで待っていればいいんだよー」と優しく教えてくれた。

タクシーの中でその男の人は気さくに話しかけてくれた。職業を聞いたら、かなり特殊なものだった。今は休暇を取っているが、戦場ジャーナリストをやっている方だった。今まで、アフリカ中東などの危険地域に行き、死と隣り合わせの中で、仕事を続けてきたと言う。

以前自分も国連職員を目指していた。だから、自分の興味がある分野において、第一線で活躍してきたその人の話に前のめりになって話を聞いていた。

ガザ地区に取材に行ったときの話をしてくれた。悲惨な現場を取材するために、特別な許可を得てガザ地区に入ったという。しかし、難民キャンプで目にしたのは、楽しそうに海辺で遊ぶ子供たちや、楽しそうにおしゃべりをする人たちの様子だったそうだ。そのままの状況を記事にするわけにはいかず、インタビューをした中で、自分の悲しい過去や辛い生活について語っていた人の話のみを書いたと言う。ジャーナリストは時にはある世界のたった一つの局面だけを書かなければいけないと言っていた。そうしなければ、世界中から援助をもらえなくなってしまうからと言う。

こんな話もしていた。マレーシア人のジャーナリストの同僚が、ソマリアで銃殺されてしまったと言う。その理由が、着ていた服にマレーシアの国旗が貼ってあり、アメリカの国旗と色が似ているため、敵に撃たれてしまったのだ。その亡くなった方の名前はアメリカの博物館に名前が残されている。この話をした後、彼はこういった。「僕が彼だったら良かったのに!」これを聞いたとき、とても驚いた。彼はこう続けた。「ジャーナリストにとって、僕の友達のような死に方は本望なんだよ。僕もこうゆう死に方をしたい」

鳥肌が立った。人々に世界の現状を伝えるために、命をかけて仕事をする、その考え方が本当にかっこいいと思った。

結局、帰りのタクシーも2時間位かかってしまった。でも、この男性とずっと止まることなく2時間話し続けた。たくさんのエピソードを話してくれた。この2時間もあっという間に過ぎた。

最後、シンガポールに着いたとき、握手をして別れた。後になって、メールアドレスも何も聞かなかったことを本当に後悔している。家に帰ってすぐパソコンで調べてみた。何か情報が見つかるのではないかと思ったが、なんと自分は2時間も喋ったにもかかわらず、名前さえ知らなかったのだ。結局何も情報が出てこなかった。

これも一期一会の出会いだったんだろう。。。一瞬の出会いに感謝!!これからも、その名前のわからない彼が活躍して、世界を変えていけることを願っている。